干し芋の歴史

保存食から嗜好品へ

干し芋は、1824年(文政七年)白羽町(現在の御前崎市)の栗林庄蔵が開発し、地元では蒸切干しと呼ばれました。(「しずおか辞典 発見伝」 静岡新聞社発行から引用)
明治時代には、生産方法が確立され、明治37年の日露戦争の時、干し芋は「軍人イモ」と呼ばれていました。戦時食の一アイテムとして採用されたということですね。

干し芋=茨城産というほど現在では、茨城県が圧倒的なシェアを占める干し芋大国ですが、茨城で干し芋の生産がはじまったのは明治42年以降です。
当時の干し芋先進県は、静岡県と愛知県でしたから「軍人イモ」は静岡産または愛知産ということですね。

今からほんの30年ほど前までの干し芋は、現在の干し芋よりも乾燥度合いが強く、もっと固くなるまで天日干しされていました。保存に重点が置かれていたからです。
今のようなしっとりとした干し芋は、干し芋が保存食よりも嗜好品として受け入れられるようになってきた時代の流れがあります。

品種の歴史

現在茨城で主流になっている品種「玉豊(たまゆたか)」は、昭和35年頃から作付けされています。それまでは、農林1号ではないかと思われます。(10軒以上の農家に聞きましたが、しっかり記憶している人がいませんでした)
玉豊が出てきてすぐに、農林1号から変わったわけではないようです。当初玉豊は、デンプン用にされていました。これは、玉豊が農林1号に比べ、干し芋に作りづらいためでした。しかし、玉豊の方が美味しいために序々に増えていきました。
静岡では、「いずみ」と「人参芋」が主流で、玉豊は全く作られていません。
茨城では、玉豊が圧倒的に作られています。いずみもほんの少しですが作られています。
平成15年頃から「玉乙女(たまおとめ)」が作られ始めました。玉乙女が今後どうなるかはわかりませんが、玉豊を脅かす存在になるのは難しいでしょう。

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