月別記事

ブログ 今日のいもたつ

SPAC演劇「ペールギュント」演出 宮城聰

120604blogy.jpg

素晴らしい感動しました。
レベルが高く、咀嚼できたことがきっと限られていると感じるばかりですが、
とても良い時間でした。

二幕に別れていて、一幕では、
ペールギュントがどうなるか、と、
双六をやっている人が何をしたいのか、の二重構造ということを示唆します。

ペールギュントは、
何でも出来る力があるのか。
ただ足掻いているのか。
双六をやっている人はペールギュントに何をさせたいのか。

ここで幕間でした。

一幕からの予想以上の波乱と、
人が持つ幻想への警告が用意されていた舞台へと二幕は進みました。

一幕からヒントはありましたが、
日本の近代史と重ねて演劇は展開されます。
重なっているのは罪です。
個の欲望とも重なっていました。

主人公ペールギュントは、いつも求めています。
満ち足りることを怖れているように映ります。
自己を確認しないといられません。
それが行動の優先になっています。

この演劇の、
今おかれている我々の、
人が持つ永遠の、
テーマです。

この演劇ではジワジワと繰り返しそこに迫ります。
そして、ペールギュントは破滅を迎えるのですが、
そこに待っていたのは自己否定されることでした。

ペールギュントは、必死に生きてきました。
生きるために、魂をも売りました。

人は物理的に生きる場面では、相対でしか計れません。
その奥の自己を守るという精神的な部分も、
おかれた環境の相対でしかいられないことも
必死に生きる中で語ります。

ペールギュントは、物理的な死とともに、
自分が自分自身でないことを悟り精神的な死を迎えます。

ペールギュントの母はサイコロをふって彼を動かしていました。
父親は世間でした。
二人からの超自我がペールギュント自身でした。

最後の場面では、光輝く扉が開きますが、
そこをくぐることはありません。
そこをくぐれないことは、絶望ではありませんでした。

もう一度ペールギュントは、振り出しにおかれます。
復活です。もう一度試練へと進む一歩目に立ちます。
そして幕。

幕の後、出演者全員で、力強い、
強い強い演奏を披露してくれます。
出演者個々のソロを交えて。

この演劇では(少なくとも私は)観客は一度死を迎えます。
そして復活します。
それを叱咤激励する力強い演奏です。

これからの人生を応援されて送り出された感動の演奏・舞台でした。

【いもたつLife】

日時: 2012年06月04日 07:56