月別記事

ブログ 今日のいもたつ

手間取っています

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マルチ麦の畑の黒マルチはがしに手間取っています。
麦が一気に伸びてきた感じで、はがし憎くなっています。
はがすタイミングを計っておく必要があります。

【芋日記】

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追肥の時期

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有機栽培で稲作をしている農家では、
穂が出る直前の稲の様子を見て、追肥の有無や量を決めるそうです。
それと同じく、有機干し芋のサツマイモも、
畑ごと、つるの様子で追肥の有無と量を決めています。

【芋日記】

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インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名も無き男の歌 2013米 ジョエル・コーエン、イーサンコーエン

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意地だけは一人前の売れないフォークシンガーのルーウィンが、覚悟を決める物語でした。

1961年のニューヨークのカフェで弾き語りをするルーウィンから始まり、
街を彷徨い、旅に出て、家族に会い、自分の往く道に悩み、でももう一度カフェに帰り、封印していた歌を歌います。
これからも、自分の意のままに行こうというルーウィンですが、どうにもこの後も前途多難を匂わせて映画は終わります。

ルーウィンは、この後も多くの人に認めてもらえることもなさそうだし、いい年で食うことにも事欠く生活も変わりそうもない。けれど、“俺にはこれしかない”そんな覚悟が窺えます。

売れないといってもルーウィンは実力が十分にあります。ニューヨークでも旅先でも、プロヂューサーの意向に沿えばソコソコの暮らしはできそうです。
また、金儲けも立ち回りもどうにも下手糞のようで、それもあって裏目裏目で上手くいきません。
でも信念だけは譲らない強さ(意地)があります。
それは、亡くした相棒との約束なのでしょうか?
単に彼が固執しているだけか?それは解りませんが、ルーウィンは生理的に、
自分の歌を歌う以外は受け付けないのです。

家族とも上手くいってません。まあ良い年で売れないフォークシンガーで、人に迎合しない性格ですから、宣なるかなです。

この物語はカフェではじまりカフェで終わる間にルーウィンが関わりある人達と彼なりの決着をつける物語です。
音楽仲間(そのうちの一人の女性とは妊娠騒動があった)、亡き相棒と組んでいた頃からの支援者、父(家族)、そして自分です。

ラストに相棒と一緒に歌っていた歌を封印から解きます。
表向きは、きっとこのままでしょうけれど、自分の中だけですが覚悟を持ったルーウィンです。それを私自身に重ねて勇気を貰った、嬉しくなる映画でした。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

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紅はるかといずみ

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どちらも最高に美味しい干し芋になるサツマイモですが、
畑では全然様子が違います。
紅はるかは、つるが太く葉も大きく、株自体も高くなるので、畑でも目立ちます。
それに比べるといずみは、ひ弱に見えます。

ちなみに、いずみはかなり古い品種。(戦前からあった)
紅はるかは平成22年に品種登録されたサツマイモです。

【芋日記】

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百点満点です

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昨年休耕した畑の中でも一番回復してるようです。
今年の作付けの中で、現在一番の良い出来です。(品種は玉乙女)
ただいくら順調でも、収穫が良いとは限らないのが
サツマイモ栽培の難しさです。
期待はしますが、過ぎないようにと思っています。

追伸
7/23は「大暑」でした。二十四節気更新しました。
ご興味がある方は、干し芋のタツマのトップページからどうぞ。
干し芋のタツマ
二十四節気「大暑」の直接ページはこちら
大暑

【芋日記】

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試しているマルチ麦

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畝(うね)の間の抑草のために、今年初めて試しているのがマルチ麦栽培です。
敷き藁の栽培に比べて藁の準備がいらないので手軽なのがメリットです。
芋のつるの伸びは少し抑えられるようですが、大丈夫な所も一部あります。
問題は、畝(うね)上の黒マルチがはがしずらくなることです。
マルチ麦はだいぶ根を強く張ります。
ただし、この根の張りだと、土壌改良にはなるはずです。
もうひとつ問題は、畝間の雑草を完全に抑えることが出来ないことです。
敷き藁でもそうなので、除草をしていきますが、
マルチ麦の場合、その除草がやりにくいのです。

まあ、何をやっても功罪はあるので、その性格を読んで、
組み合わせの対応で上手く組み立てるのですが、
何年か試し、マルチ麦のメリットを活かしていこうと考えています。

【芋日記】

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クイックスイートとほし黄金

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ほし黄金はクイックスイートと玉豊が親です。
葉っぱはクイックスイートに似ていて緑で尖っていますが、
生長すると、色が褪せて葉も丸みを帯びて玉豊に似てきます。
写真はクイックスイートで、
つるはほし黄金よりもかなり太いです。

【芋日記】

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道中の点検 1971ソ アレクセイ・ゲルマン

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同じ国の人間同士が殺しあう悲劇。
もちろんそれが起きたのは大きな力に対して個の力は無力だからです。
しかし、裏切らなければならないにしても、
裏切った男は苦悩から抜け出ることができません。最期まで。
そういう映画でした。

舞台は第二次大戦のソ連。
ドイツ軍とパルチザン(ゲリラ)が争う村です。村人も戦火に追われる激しい戦いが日常化しています。
元ソ連軍の伍長ラザレフが、パルチザンに投降してきました。
彼は、已む無くドイツ軍に参加していたソビエト人のドイツ兵でした。
投降しても、同じ国民でも、裏切り者としてドイツ軍の捕虜として扱われます。
軍の者達はドイツのスパイではないかと疑いますが、
隊長のロコトコフは彼が本気であることを信じます。
ラザレフ自身は、作戦に参加してそれを証明しようとします。

ラザレフは、ドイツ兵の捕虜ですから処刑されてもおかしくないという立場です。
彼はドイツ兵として同国人を殺害することもあったし、
今は、同国人にドイツ兵として見られ、同国人に処刑されるかもしれません。

こんな状況にはもちろんなりたくてなった訳はありません。
ソ連兵時代にドイツに占領された時に、死か寝返るかの選択を迫られたのでしょう。

そんな自分が許せないけれど、パルチザンとしてなかなか受け入れられないという悲劇です。

ラザレフは、作戦の成功のために必死です。
彼は裏切り者のままで死ぬことは、
死んでもできなかった男でした。

物語の最中に、パルチザン側が橋を爆破してドイツの貨物列車を川に沈める作戦がありました。
橋に爆薬を仕掛け、列車を待っていると、橋の下をソ連人の捕虜を詰め込むだけ詰め込んだ船が、丁度列車が通る時に橋の下を通ります。
パルチザンの工作員達は爆破することをためらいます。
同胞まで道連れにできないからです。
なのに、各所ではラザレフのような者達ができていっています。

戦争は何でもありになります。
その犠牲は途方もないことを、今まで気づかない視点で見せる映画でした。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

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愛の嵐 1973伊/米 リリアーナ・カヴァーニ

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生存の保障が崩れてしまった中で生きることで、精神を破壊された女ルチア、
彼女を破壊した男マックスと二十年ぶりに偶然出会いました。
どうしてその男に身を寄せてしまったのかを図ることは到底できないので、
彼女の行動は彼女にはそれしかできなかったと思うしかありません。

そんな二人をはじめ、戦後12年経っても戦後なんてない人物が登場し、悲劇が起こる物語です。彼等の心に残るものを消すことは一生できないのだと認識するのが精一杯でした。

強制収容所で権力を振るう側にいたマックスは、支配された老若男女の中から美少女のルチアを見つけます。
仲間が次々とおもちゃのように殺されていく日々に、彼女はマックスの慰み者となり生き永らえます。

有名な指揮者の夫と幸せな日々だったはずのルチアでしたが、1957年、夫の演奏のために訪れたウィーンのホテルでホテルマンとして働くマックスと出会います。
一刻も早くそこから逃れたいルチアでしたが、どうしてもマックスから離れることが出来なくなってしまいます。
夫がウィーンから次の公演に旅立ってもルチアはマックスの下に残ります。

マックスはナチスの残党に警戒されていました。そこに強制収容所を知る生き残りのルチアが現れたので、彼らはルチアも警戒します。マックスとルチアは残党達に命を狙われてしまい、マックスのアパートに篭城になります。
収容所時代のような、監禁と命がいつ果てるかの恐怖の中で二人は過去に得た快楽を貪るようになります。けれど兵糧が尽きていくに連れて疲労する二人、どうすることもできず、死に装束としてマックスはナチス時代の軍服に、ルチアも収容所時代と同じような服を纏い、アパートを後にします。二人を待っているのは残党達からの引導でした。

常軌を逸したシーンが続けざまに続きます。
マックスもルチアも目の前の意識しかない表情です。
飢えた中で食料があれば貪る、相手と快楽を求める欲望が出ると体を求めあう。恐怖に襲われると狂ったようになる。
そして残党達も同じです。戦時の精神のままなのです。

命がいつ尽きるかも解らない中で破壊された精神も、
弱者をなじることで意識をつないだ支配する側にも壊れた精神という代償があり、
彼らには戦後なんてないのです。
死ぬまで戦時のような精神で生きているしかない、そんな映像でした。

深い深い傷しか残らないのが戦争です。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

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私が結婚した男 1940米 アーヴィング・ピシェル

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ナチズムに感化された集団を醒めた目で観る映画ですが、
私も私が気づかない何かに感化されているはずです。
ただ、それが社会的に問題にならないだけで。

1938年ドイツ、大戦前夜ですが、すでにオーストリアは併合され、チェコに侵攻しています。ドイツ国民の多数はヒトラーを支持し、ドイツ人(アーリア人)は優れた民族として他国を侵攻することは当然という意識になっていました。
この映画は、そんな渦中にニューヨークに住む3人の家族が夫の故郷のドイツに旅行に行っての出来事です。
製作年が示すとおり非常にリアルに、当時のドイツの人びとの心理と、国家が国民よりも優先される様子、その異常さと感化された彼等を観る米国人の妻の視点が描かれいます。

夫のエリックはアメリカ人の妻キャロルと長男の3人でニューヨークで不満なく暮らしていました。3ヶ月の休暇をとって故郷に帰国するところから物語は始まります。
当時のドイツの現実は見事にナチズム一色でした。
エリックは幼馴染の女と合い、徐々にナチズムに傾倒していきます。

キャロルはなんとか夫を連れて帰国を希望しますが、エリックがナチスに入党した事実を知り、長男を連れて二人で帰国することを決めますが、エリックは長男をキャロルに渡そうとしません。
滞在中なにかとキャロルに親身に接したアメリカ特派員の協力を得て長男と帰国をしようとしますが。

エリックとキャロルはニューヨークの友人に、友人の兄が収容所に入れられたので、賄賂で出所させて欲しいという依頼を受けます。(500ドルという大金を使って)
しかし哲学者(思想家)の兄は既に抹殺(表向きは病気)されていました。
それをはじめ、情報統制や違法行為、そしてアーリア人以外の民族への差別と迫害がまかり通る世の中を映します。

映画ではエリックの父親が重要人物として描かれます。
新しいドイツという風潮に警戒しています。
彼は「戦争が起こった方が良い。狂った人がまともになるにはそれしかない」と言います。
もう破滅する未来を迎えることに逃れようがないことの悟りです。

そんな父親に対してエリックと幼馴染の女はなじるばかりです。このあたりは演出でもあるのでしょうけれど、国家に楯突く者が親だったとしても許さないという、人でなくなっている姿を強調します。
そしてキャロルが帰国を決めた時、エリックは長男をアメリカに帰しません。その言い分は「子供は国家に帰属する」です。「ドイツにいれば勇敢な男になれる」とも言います。
それに対して父親は「子供は国家の前に母親に帰属する」「それが自然の摂理だ」とエリックに言いますが、エリックと幼馴染は受け付けようとしません。

人はこうも感化されてしまうのか、という図です。

ラストはエリック出生に纏わる衝撃の事実が父親から明かされて、エリックは絶望し、キャロルと長男は無地帰国の途につくことができます。

ナチスが台頭した背景は複雑ですし、もちろんヒトラーはじめとした戦犯の責任は多大です。でも民衆がいとも簡単に、簡単ではないかもしれませんがあれだけの変貌をしたことや、人を人とも思わない人間になったのは事実です。
自分の価値観なんて本当にあてにならないと思わずにはいられませんでした。

追伸
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干し芋のタツマ
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【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

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