月別記事

ブログ 今日のいもたつ

西鶴一代女 1952 溝口健二

130719blogy.jpg

情け容赦なく女が堕ちる様を描く壮絶な映画です。
性という制約の中で考えうる女の不幸を、
女がその状況下で遭遇する新たな試練を、
映像化しています。

封建社会下の公家の一員の娘が、
大名の妾として世継ぎを生みながら、
乞食のような娼婦にまで堕ちますが、
その前後とその最中の葛藤を田中絹代が見事に演じます。

純愛から結ばれようとした男とは、身分の違いから不義とされ、
男は打ち首、女の一家は公家から庶民へ。

運よく大名の妾になり世継ぎを生むも、
大名に尽くしたことが仇となり、保身の重役にお家から追い出されます。

商才もなく、甲斐性がない父親に郭に売られ、
もう一歩で身受けされそうになると、その男は詐欺師。

ねんが明けて商家に勤めるも、
遊女の過去がバレて弄ばれる羽目に。

その後、甲斐性も思いやりもある男が現れ、ようやく今までの苦労が報われて、
こんなに幸せになってもよいかの絶頂になりますが、
夫は物取りに殺されます。

乞食の娼婦になり絶望の中、
世継ぎのあの子が大名になり、お屋敷に招かれるも、
女の過去を赦さないお家は子供と引き離そうとします。
女はなんとか逃れ、巡礼者として生きることを決める。

ありとあらゆる不幸が襲いました。

女を不幸にするきっかけは、いつも男の我儘です。
封建社会だったことも割り引けません。
“表向きは女のため”の男もしかりです。
(唯一殺された夫を除いて)
愛した女であっても、血を分けた娘であっても、世継ぎを生んだ母であっても、
他人の痛みは感じませんから、自分の心の負い目が薄れるまで辛抱すれば、
“自分さえ良い方が良い”のが人間です。
綺麗ごとを言ってもそれが本性です。

人が人らしくいるためには安全地帯をいつも作って
そこにいるようにしなければすぐに堕ちます。

そしてこの映画は、
こういう現実があったことを淡々と語った物語です。

【銀幕倶楽部の落ちこぼれ】

日時: 2013年07月19日 07:56