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逢びき 1945英 デヴィッド・リーン
不倫ものですが、主人公二人は極めてプラトニック。恋に落ちてしまった幸せと不幸せとトキメキと後悔が繊細に描かれています。特にローラ(セリア・ジョンソン)がアレック(トレヴァー・ハワード)に合いたいがために嘘を重ねていくことで自分を追い込み、また愛するほどに罪を深めていく苦悩が、様々な映像でその機微が表現されるのですが、とても自然で真実味があります。
映画は回想形式で、最初のシーンが最後に繰り返され、観客はそのシーンの深さの落差に愕然となり、ラストのローラの夫の台詞でダメを押されます。
駅の喫茶店でローラとアレックが話をしていると、いかにもいそうな気が効かないローラの知合いのオバサンが自分の言いたいことを機関銃のようにしゃべりまくります。ほどなくアレックが乗る列車が着いてしまい別れる二人、その後取り残されたローラは、この駅には停車しない急行を見にいっていたというそのシーンが、最後には二人の永久の別れであることと、ローラは死ぬほどにアレックを愛したことが解るのです。
それを納得させるのが本編です。そんな妻の行為に勘付いていても問いただすでもなく、それを含めたローラを愛し「長い旅に出ていたんだね」と赦す夫で、この夫にも感動です。人が生きていく上では、どうしようもなく遭遇してしまう偶然があることをも訴えてきます。
ごくごく普通に暮らす善良な人が出くわしてしまった出来事であり、でもそれはその人達の度量を量ることにもなります。単なる不倫ものとは一線を画する名画です。
13回の新月のある年に 1978西独 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
性転換した男(女)エルヴィラの苦悩を描きます。1970年代でこのテーマを扱う、そして主人公の心を掘り下げていて先進的だったことを感じます。
エルヴィラは、男として結婚をし、娘もいますが、今は女です。男の恋人もいますし、女の親友もいます。でも心はとても不安定です。
男を買いたくなったり、元の男の恋人を想ったり、まだ離婚していない妻、そして娘に対しても愛情があります。また妻にも娘にも慕われてもします。
でも心は不安定極まりないのです。
自分は何者か?性転換自体が間違いではないか?
でも男として一生を全うする事は出来なかったことも本心です。
街を彷徨い、これまで触れてきた人達を訪ね、自分を確認しようとしますが、迷い、惑いは募るばかりです。
ということで、約束された最期を迎えます。
エルヴィラの人生がどんなだったかが、エルヴィラが訪ねた人との会話から明らかになっていくのですが、もちろん出自の環境や、生育していく時の時代で翻弄されてきたのは間違いがないのですが、エルヴィラは選択したのか、選択しない選択をしたのか、そんなことを考えてしまうことも多く、それは己を振り返ります。
ただ、エルヴィラはとてもデリケートでもあります。
前半、肉牛の解体の精肉工場で、牛が生き物から肉になる過程を坦々と、そして長い時間映すシーンがあります。印象的で強烈です。
死ぬことはどういうことかということもこの映画のテーマでもありますが、死は死だとも言いたげでもあるし、牛と人は違うとも言いたげです。
ただ、死に直面することを避けがちなのを許さないと、造り手が楔を打ちつけてきたようにも思いました。
この映画と「第三世代」は今まで鑑賞してきたファスビンダー作品とは違い、非常に観念的でした。観客には優しくない映画でしたが、それも狙いでしょう。
第三世代 1979西独 ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー
第三世代とは、ドイツ赤軍のテロリストで、三世代目となると、ギラギラさが消えていて、また、共産主義革命の熱気も変化があり、そんなテロリスト集団を醒めた目線で映しています。
結構な人数のテロリシストの面々が登場しますが、前半は丁寧に一人一人の人となりと、集団の中での立ち位置が紹介されますが、なにか皆、強面ではないのです。
テロリストは軍人ではありあませんから、普段の顔もあります。どうということもない市民の顔があり、また恋愛関係もありは良いのですが、何か隙があるように見えて仕方ありませんでした。
けれど、当然ながらドンパチになれば命を奪われるわけで。
造り手の醒めた目線を感じざるを得ませんでした。
(確か)六つの章から構成されているのですが、その題名・主題は哲学的です。そしてそれは“トイレの落書き”からの引用です。
役者の台詞がとても多く哲学的で、また、始終違和感がある音が成り続けています。
醒めた目線もそうですが、その演出はどこか表層的な感じを受け、生きる真剣さを失っていることに対しての警告のように私は感じてしまいました。
急に大きくなってきました
分けつがだいぶ進んできました。
ここにきて急に進んだ印象です。
今年は2種類
タカミメロンに、赤肉があるそうで、
2本畝はそれにしたので、今年は2種類です。
今年はソルゴです
休耕畑の緑肥は今年はソルゴにしました。
スダックスという品種がきました。
【SPAC演劇】マダム・ボルジア 演出:宮城聰
spacの新作「マダム・ボルジア」は稀代の悪女ルクレツィア・ボルジアが自分が犯してきた数々の大罪から、実の息子ジェンアロに母親を名乗れず、しかもジェンナロを傷つけてしまっていることに苦悩する物語です。
多くの暗殺に絡み、政略結婚で闇の政治にも関わり、ボルジア家の一員らしく残虐でもあったらしいのですが、この「マダム・ボルジア」のルクレツィアを演じている女優の美加理は、絶世の美女で高貴であったルクレツィアらしさは十二分ですが、残酷な悪女のイメージはありません。
駿府城公園に特設された野外会場に響く透き通る声やその優雅な立ち居振る舞いで、ジェンナロを愛する姿はただ一人の息子を想う母であり、恋人を慕う一人の女です。
多分そういった面は、歴史を踏まえた上でのこの戯曲のルクレツィアらしいのは間違いないですが、それでも美加理はあまりにも一途で到底稀代の悪女には重なりません。
この「マダム・ボルジア」は当然それを踏まえて造られています。
それは何故か?
「マダム・ボルジア」は3回観劇しました。その3回目はそれを考えました。
ひとつ思いついたことがあります。それは人は不可解ということです。
こんな高貴な方が、ボルジア家のためとはいえ、いとも簡単に多くの人を毒殺するわけがない、ということはない。ということです。
そして、多くの者たちから憎まれる女であっても、愛する者を自分の命よりも大事に想うのは当然であるということです。
当たり前の結論になってしまいますが、今の自分は自分が決めた自分である部分はとても少なく、でもそれを踏まえて生きていることを自覚しなければならない(大変ですが)ということです。
環境で造られた要素は大きく、立場と役割があります。今の造られた自分は理不尽であったと嘆くこともあるでしょう。でもそれをひっくるめて自分であり、ではどう生きるかでしょ。と、説いているのが「マダム・ボルジア」で、だからルクレツィアを美加里が演じたのではないかと推測しました。
【SPAC演劇】歓喜の詩 演出:ピッボ・デルボーノ
演出家で出演者のピッボ・デルボーノさんと20年以上一緒に舞台を造ってきたボボーさんに捧げる演劇ということです。
そして冒頭、歓喜に至るまでの劇とナレーションが入りはじまりました。
抽象的なイメージで進みます。
劇全体を通して華が重要な小道具であり大道具です。
真っ暗闇の中、一輪の花が増えていくことから始まり、劇の終盤では誕生した赤ん坊は花に囲まれ、そして舞台は花一色にもなります。
また舞台は、ピエロのような衣装を纏った俳優たちが狂うように踊ったり、舞台で進行役と努めるピッボ・デルボーノさんが、檻に囚われたり、叫び声をあげます。
精霊流しのような無数の紙の船が並ぶ場面もあります。
そして、散漫に登場していた俳優達が最後に向かい近づきます。
この劇はやはり喜びを表現して終わっていることが感じられます。
アフタートークを聞くと、大事な仲間と造った演劇だったと解ります。
ピッボ・デルボーノさんと俳優達がこの世で出合った仲間と、喜びを、とても過激に、でも真摯に表現していた劇であると解りました。
【SPAC演劇】マダム・ボルジア 演出:宮城聰

spacの新作「マダム・ボルジア」の原作はヴィクトル・ユゴー「ルクレツィア・ボルジア」で、ボルジア家が隆盛だった頃、スペインが世界の覇者として馳せてた時代の話で、時間軸はそのままに、日本の戦国時代に空間を移しています。
ルクレツィアの父は関白、兄チェーザレも4番目の夫アルフォンゾの将軍という設定です。
ルクレツィアが愛してやまないジェンナロは傭兵の勇敢な隊長という設定は原作と同じ、そして、彼と共に戦場を駆け抜けてきた、一緒に死を共にすることを誓い合った無二の親友達は、日本各地の領主の若頭という設定です。
その日本各地から集まってきたという設定を活かしています。
この劇は二部構成で、ルクレツィアにとってビハインドの水の都(ここでルクレツィアは辱められ、後半の復讐に繋がります)から、ルクレツィアのホーム(夫アルフォンゾの領地)の高峰の都に、舞台自体も観客も移動するのですが、観客は五つの国の若頭に先導されて移動します。
その若頭の領地は、それぞれの俳優の出身地で、俳優達は方言を使います。また、宴の場面が一部でも二部でもあるのですが、そこでもそれを匂わせます。特に一人の若頭は地元静岡の遠江出身で、静岡弁が飛び交います。
この「マダム・ボルジア」はボルジア家のダークないわれが下敷きになっているので、圧制、残虐、毒殺、近親相姦等がボルジア家にはあり、とてもきな臭い上で話は進むのですが祭りの場面では明るく、でも人が集まらない場面では本音が出る演出をしています。
明るい宴とは裏腹に、ルクレツィアが部下のグベッタと二人の時、アルフォンゾと部下の捨助と二人の時の、彼らのダークな企てをする場面の暗黒との対比が強調されます。
また、ルクレツィアとアルフォンゾの二人の腹の探り合いは二人の愛は程遠く、政略結婚であることが案じられます。
それとは全く違う雰囲気がルクレツィアとジェンナロの二入の場面で、ルクレツィアの彼に対してだけ注ぐ純粋の愛は、政治や経済や面子を抜きにしたもの、でも、ジェンナロはその勇ましさもあり、ボルジア家の暗黒に抵抗することから、ルクレツィアの想いは届かないというルクレツィアのとても個人的ないき詰まりが描かれます。
人は役割をいくつも担いますが、ルクレツィアもそれに翻弄されてしまうのがこの劇です。
ジェンナロに母であることを名乗れないルクレツィア、名乗ることはジェンナロを精神的にも肉体的にも奈落に落すことになるからですが、その名乗れない歩をしてしまったルクレツィアで、彼女の生涯はとても儚いです。
自業自得でもありますが、一人の子を想う母としては侘しい最期でした。
【SPAC演劇】マダム・ボルジア 演出:宮城聰
spacの新作「マダム・ボルジア」のテーマは「恋情の復権」です。
宮城さんの演出ノートに「恋情」は“相手を美化することを伴う愛”で、そして、“相手を美化し、それに照らして自分も相手にふさわしい者になりたい”と解説されています。
マダム・ボルジア(=ルクレツィア)は残酷極まりない人物として描かれていますが、唯一息子のジェンナロだけは命掛けで愛しました。
他の人物に対してはあまりにも冷たく、命までをも軽んじても、ジェンナロだけは別です。実はこれは私はとても共感できます。
流石に他人を殺めることはしないでしょうけれど、唯一ではないけれど、ほんの一握りの人だけを大切に想ってしまう気持ちが解るのです。
個人的に、私自身があまり人付き合いをしないということもその理由の一つではあるかもしれないですが、誰にも彼にも気持ちを注ぐなんてことは不器用で出来ないという感覚です。
ルクレツィアもとても不器用な人(女)であったのではないでしょうか?
ジェンナロが死に向かってしまうと、取り乱し、何でもありでそれに抗います。
その姿からは残酷なイメージは欠片もありませんが、でも劇中でも自分を虐げた男5人を平気で毒殺します。
人は多重人格で、多分私もそうなのでしょう。
そしてルクレツィアはジェンナロなしでは生きていけない人で、幼い頃ジェンナロを手離し、いつか再会できることをただただ願い生き甲斐とし、目の前に現れるともう合わずにはいられません。
そして母と名乗れない境遇が仇になり悲劇になります。
ルクレツィアは、ジェンナロを母殺しにさせてしまったことが無念で仕方なかったけれど、それは宿命でもありました。
ジェンナロを気にかけているルクレツィアとそうでないルクレツィアは明らかに違う人物です。恋情(愛)とはかくも激しい感情であり、それを持つことだけでも幸せなのかもしれません。










